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占領期のビッグ・データ 「プランゲ文庫」 過去と現在 ②: まず検閲関連研究から

2014年03月08日 · コメント(0) · 未分類

メリーランド大学所蔵「プランゲ文庫」の過去と現在についての第2回目です.

占領期のビッグ・データ 「プランゲ文庫」 過去と現在

①: 黎明期
②: まず検閲関連研究から
③: マイクロ版とデータベース活用期
④: NPO法人発足ー「府県別コンソーシアム提案」

 

②: まず検閲関連研究から

Shomotsu 1980年代になるとプランゲ文庫を使用した検閲研究が盛んになって来ます。それに伴ってメリーランド大学へ訪問する研究者が多くなり始めます。実際占領期の研究をされる研究者にとって検閲の生資料の存在は偉大でした。その前に米国における各種日本資料群の中におけるプランゲ文庫の位置について述べている好書があります。それは和田敦彦著『書物の日米関係―リテラシー史に向けて』(2007.2 406p. 新曜社)です。この文庫は現在プランゲ文庫と言われていますが、その名称は1979年に正式に命名されたもので、以前はCCD文書と呼ばれ、その最高責任者はG2のウィロビー将軍でした。

検閲制度の終盤になり、この文書の米国内での争奪戦を勝ち抜くために、プランゲ博士が構想していたのが、この資料を基に「軍事研究所(Institute for Military Affairs)」を設立する事だったそうでインテリジェンスと軍の関係、又は、メリーランド大学と米国陸軍との関係を思うと大変興味がわきます。更に、湾岸戦争後のイラク統治に際して、米国が一番成功した統治事例として日本占領をあげ、その資料としてプランゲ文庫のマイクロフルセットが東部・中部・西部3カ所の大学へ購入資金が提供されたと言う事実も、この資料の評価が占領期における「ビッグ・データ」に相当するとみなされたからだと思います。

この時期、日本の国内研究に於いても、戦前の丸秘資料の需要は群を抜いておりました。つまりこれらは目に見えない非公開検閲資料と思われます。それに引き替えプランゲ文庫は検閲の部分まで記録されており、検閲の結果が残っている特異な資料群です。但し、目録は未だ無く、書誌も完備致しておりません。それを利用するには、メリーランド大学へ留学するか、あるいは訪問しなければその内容が判りませんでした。プランゲ文庫を訪問された研究者の方々から徐々に研究成果が発表され始めました。そのファースト・ランナーが奥泉栄三郎氏、古川純氏、春原昭彦氏等です。

SenryogunKenetsu奥 泉栄三郎氏は慶應義塾大学からメリーランド大学大学院へ派遣された3代目(最後)の方で、その後メリーランド大学へ止まり、後にシカゴ大学へ異動されて日 本語文献の研究・整備に生涯をかけられた方ですが、不幸にも昨年ご他界されました。弊社とは、奥泉様ご監修で『在北米日本人の記録』という復刻シリーズを 150冊以上出版致しました。氏は、以前福島鑄郞氏と共書でプランゲ文庫総目録を計画されましたが実現に至りませんでしたが、1982年奥泉栄三郎編『占領軍検閲雑誌目録・解題』(雄 松堂書店 531p.)が出版されると共に検閲資料として35mmマイクロフィルムにて260本、その内容は検閲雑誌3481タイトル、16万頁にわたる資料が雄松 堂書店より販売されました。これにより部分的にしろ、日本に於いてもプランゲ文庫が閲覧出来る状況がもたらされました。

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プランゲ文庫にて若い時の奥泉栄三郎氏(福島鑄郎氏撮影)


この時期、プランゲ文庫の存在を広く世に知らしめたのは江藤淳氏でした。「諸君」に発表した「閉ざされた言語空間 占領軍の検閲と戦後日本」(1982)は広く読まれた本で、1989に文藝春秋で単行本化され、1994には文庫本化されております。その他、この時期における主な研究は以下の通りです。

竹嶋和「占領期の検閲と放送―ラジオ・コード」(1979)、

裏田稔『占領軍の郵便検閲と郵趣』(1982)、

大江伸子「占領下の新聞事前検閲」(1982)

五百籏頭真『米国の日本占領政策』上・下巻(1985)

荒木義修「占領期の日本共産党に関する資料」(1985)

ブラウ(立花誠逸訳)『検閲 1945-1949―禁じられた原爆報道』(1988)

増田弘『石橋湛山 占領政策への抵抗』(1988)

佐々木泰「占領軍検閲―新聞・通信社を中心にー」(1989)

浅岡靖央「雑誌にみる子ども読物と占領軍検閲」(1990)

有山輝雄「戦後ジャーナリズムと民衆の歴史の交錯―プランゲ・コレクションがしめすもの」(1990)

吉田裕「占領期における戦争責任論」(1991)

吉見義明「占領期日本の民衆意識―戦争責任論をめぐって」(1992)

高野和基「占領軍の雑誌検閲『民主評論』」(1992)

高野和基「占領軍の雑誌検閲『民主評論』」(1992)

横手一彦「雄松堂マイクロ・フィルム『占領軍検閲雑誌』に見るGHQ検閲の実態」(1993)

横手一彦『被占領下の文学に関する基礎的研究』(1995)

甲斐弦『GHQ検閲官』(1995)

山本武利『占領期メディア分析』(1996)

有山輝雄『占領期メディア史―自由と統制・1945年』(1996)

棚町知彌『歌舞伎 研究と批評』(2000)

(注:「山口県史」資料編:現代3を多く参照させて頂きました)

Yamagichiken1988 年成田龍一氏等による派遣チームによって、プランゲ文庫の神奈川県下資料の文献化とマイクロ化が進められて各県・各市の地域資料として自治体史レベルでの 活動が活発化してきました。その後、茅ヶ崎市史・千葉県習志野市史・群馬県高崎市史と続きます。又、秋田県から来た使節団に対して秋田県の文献目録が発行 されたり、島根県についても、元竹下首相の訪問に際して島根県の文献目録が刊行されたています。広島県においては尾津訓三氏がプランゲ文庫検閲雑誌の広島 県部分の地域別解題を作られています。最後に山口県は(山口県史 史料編 現代3:言論・文化 プランゲ文庫 1101+56p. 2004年3月)を豪華な一冊本として刊行しています。又北海道では、児童文学の専門家である谷瑛子氏が「北海道における戦後の児童出版物―1945年か ら1950年まで」を発表しており、出村文理氏も道内での出版物及び検閲の状況を整理されています。

 

1990年、自著の青年団報発見を知らされた訪米中の竹下元首相がその資料を見るために急遽プランゲ文庫を訪問しました。この働きかけをしたのが当時プランゲ文庫の司書責任者の村上寿世氏で、ここからプランゲ文庫が劇的に変わり始めました。国立国会図書館との共同作業で書誌とマイクロ写真撮影による保存作業が始まりました。その村上さんが出版クラブのお誘いで八回にわたりプランゲ文庫について詳述されております。村上寿世著「プランゲ文庫について」第1―第8報『出版クラブだより』Nos.338-385(1993.3-1997.2)です。この報告がプランゲ文庫に関して数ある報告の内で一番詳しい内容だと思います。1997年村上氏のご逝去に際して、同文庫の児童書を「村上寿世記念児童書コレクション」と命名し、次の本が刊行されました。村上寿世・谷瑛子著『プランゲ文庫児童書目録1945-1949』(2002 ProQuest社701p. 弊社代理店品)


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出版だけでなくプランゲ文庫について各種の展覧会が開催されております。1998年12月早稲田大学で「メリーランド大学所蔵<プランゲ文庫>展」が開催され、『占領期の言論・出版から文化<プランゲ文庫>展シンポジウムの記録』、『メリーランド大学所蔵プランゲ文庫展記念図録』がニチマイより出版されました。2001年5月同じく早稲田大学で児童書を中心とした『占領下の子ども文化<1945-1949>展』が開催され、広島平和記念資料館、北海道立文学館、熊本近代文学館、沖縄県平和祈念資料館、国際こども図書館』で巡回展示されました。

 

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