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占領期のビッグ・データ 「プランゲ文庫」 過去と現在 ①:黎明期

2014年03月03日 · コメント(0) · 未分類

これから4回に分けてメリーランド大学所蔵「プランゲ文庫」の過去と現在
について述べたいと思います。

占領期のビッグ・データ 「プランゲ文庫」 過去と現在

①: 黎明期
②: まず検閲関連研究から
③: マイクロ版とデータベース活用期
④: NPO法人発足ー「府県別コンソーシアム提案」

①: 黎明期

敗戦直後の1945-49年の間に発行された日本における雑誌、書籍、新聞などの全ての出版物は、GHQ(連合国軍総司令部)の検閲下におかれ、民間検閲局(CCD)の検閲を受け無ければ紙の支給が受けられないと言う状態から出発し約4年間続きました。占領期とは、一般的に1945年の敗戦から1952年サンフランシスコ講和条約締結までの7年間でありますが、その前半こそが占領期を特色づけするだけでなく、戦後から現在にいたる日本を決定する最重要の時期であると思います。

 

この検閲終了後、保管されていた検閲済みの出版物は、CCDに勤めていたゴードン・プランゲ博士を通して米国メリーランド(州立)大学へ寄贈されました。これがプランゲ文庫です。たとえば雑誌を見た場合、学術、文芸、風俗、教育、工業、医学等々の一般誌を網羅し、全国各地の企業の社内報や、青年団雑誌、労働組合機関誌、短歌や俳句の同人誌などの民衆のメディア迄も収録されておりました。所蔵タイトル数は1万3787誌、推定ページ数は610万頁、推定冊数15万冊にも上り、国立国会図書館の所蔵のものはその内の約20%しかない、つまり8割の雑誌はプランゲにあって、同館には1号もないといわれております。(国立国会図書館の創設は1948年で約3年間のブランクがあります)。雑誌の他に、新聞や単行本等々も含まれております。

Prange1 Prange2
Prange3  Prange4

 

最初にプランゲ文庫の存在を日本へ紹介したのは、1968年から2年間、慶應義塾大学からメリーランド大学大学院で図書館情報学を学びに行った森園繁氏であります。帰国後1971年に、慶應義塾大学教育情報センター機関誌に寄稿されました。それを読んで渡米までしてプランゲ博士に直接会い、プランゲ文庫目録刊行計画を思い立ったのが福島郎氏でした。福島氏は終生占領期の書誌に関心を寄せ、「カストリ雑誌総覧」の出版を小生と共に企画致しましたが、その完成を待たずに黄泉の国へ旅たってしまいました。 fukushima
森園論文を読んで触発された方に、出版界の長老布川角左衛門氏がおり、プランゲ文庫を文化財として評価していたそうです。それ以前から占領期の研究をされていたグループに『展望』編集者の臼井吉美氏、『日本評論』編集長であった美作太郎氏等、実際にGHQの検閲を身をもって体験したことのある編集者達が、戦時下の軍部とGHQによる検閲との比較を論じていました。更に『改造』の編集者であった松浦総三氏はメリーランド大学まで出かけて『増補決定版 占領下の言論弾圧』を1974年に発表しております。

 

 

 

森園報告の翌年に、日米研究者による共同研究として『日本占領文献目録』(日本学術振興会・1972)が刊行されました。同書の定期刊行物リストの中に、Mという所蔵名が明記されたメリーランド大学プランゲ文庫の所在がありますが、明細はなく半ば未整理のまま所蔵されていると記述されるに止まっております。尚、同書には占領行政の実施にあたって重要な地位を占めていた人々の『関係者リスト』の小冊子が付けられております。 SenryoMokuroku
この『日本占領文献目録』の製作にあたり、事務局長的な働きをされた天川晃氏、先述の福島鑄郎氏と竹前栄治氏が語らって「日本占領史研究会」を発足させたのが1972年11月であります。その後思想の科学研究会「占領サークル」との出会いがあり、『共同研究・日本占領』、更に『共同研究・日本占領軍―その光と影』へと発展して行きます。これらの活動は『占領史研究会ニュース』(1993、柏書房 390p)に詳しく紹介されております。歴代会長は竹前氏、天川氏、袖井林次郎氏であり、1993年の解散まで、多数の研究者が集い、占領史研究への中心的な役割を担っていたと思われます。そこで、同ニュースの中でプランゲ文庫がどのように紹介されていたかを調べますと: SenryoshiKenkyuukai

 

『戦後史研究会ニュース』

No.2(1973.1.12):「米の図書館に眠る、占領下日本の全出版物、貴重な資料もボロボロ」石松久幸(『読売』72/11/02

No.6(1973.4.11):福島鑄郎氏よりMaryland大学Prange Collection(East Asian Collection)所蔵の雑誌調査の計画が紹介された。6月中旬から約1週間の予定で調査に当たる予定である。

No.8(1973.10.11):福島鑄郎氏の訪米の報告を聞く。詳しくは『読書人1973.8.13』を参照。

No.10(1973.11.26): 福島鑄郎氏はMaryland大のEast Asian Collectionを日本人が利用する際の窓口のような仕事をしております。

No.35(1980.8.1)占領期の言論統制―滞米中の資料収集を中心として。古川純「私は去る5月中旬、2年間にわたる米国メリーランド州立大学での在外研究を終えて帰国した。—」

No.50(1983.5.1)帰朝・近況報告。高橋史朗「2年9ヶ月のアメリカ留学を終え、昨年末帰国致しました。アメリカではメリーランド大学と—–」。

No.54(1984.2.4)Eizaburo OKUIZUMI and F. Shulman, A Binational Project for the Preservation and Control of Censored Magazines from the Allied Occupation of Japan at the University of Maryland. 1983.7p

No.56(1984.61):高橋史朗「明星大学内に占領教育史研究センターが開設された。—」・研究発表「奥泉栄三郎:プランゲ・コレクションについて」・講演「F.J.シュルマン:米国における日本占領研究資料についてーメリーランド大学所蔵プランゲ文庫の紹介」・資料「占領下教育関係雑誌目次総覧・改題―メリーランド大学マッケルディン図書館所蔵」。

No.60(1985.2.1):「プランゲ・コレクション利用の著作目録:メリーランド大学の東亜図書部は、プランゲ・コレクション所蔵資料を利用した著作の文献目録を作成している—-」

No.73(1987.9.1):竹前栄治「日本国憲法の“原点”」去る4月25日、日本国憲法施行40周年を記念するシンポジウムがメリーランド大学で開催された。参加者は300名にのぼり、日米学者ら三人が基調報告を行うと共に、日本国憲法の起草に助力したアメリカ人(GHQ草案起草者)九人が興味深いエピソードを披露した。

No.74/76(1988.12.10)成田龍一「占領期神奈川県下新聞目録稿」『市史研究・よこはま』二号

No.78(1991.7.20):奥泉栄三郎「プランゲ文庫―負から正の文化遺産へ」『図書館雑誌』83巻8号(1989.8)

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