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書籍の明治20年問題について

2013年02月08日 · コメント(0) · 未分類

昨年より、同業の誠心堂書店橋口候之助さんのお誘いで、ポスト・グーテンベルグを考える会へ参加するようになりましたが、参加されている方々は各方面の第一線でご活躍の方々で、一古書肆としての立場以外にない小生としては、但々、聞き入るのみで、色々な事を考え、勉強する機会を与えられましたことを感謝いたしております。

弊社は版本をごく少量しか扱っておらず、資料を主に扱う古書店であります。そこで「明治20年問題」を考えますと、10数年前にCD-ROM版で出版致しました『日本錦絵新聞集成』に思い当たりました。錦絵新聞とは,幕末に於いて新聞という新しいメディアが紹介されると浮世絵師とその関係者が目敏く「かわら版」から新聞の体裁を採用して新しいメディアとして発表した新聞です。明治7年ごろ東京を皮切りに,大阪,京都,名古屋等々に出現しました。内容は, 犯罪、刃傷沙汰、殺人事件、情痴事件、ゴシップ、珍談奇談、怪異譚、美談、孝行話、教育もの、異人もの、巡査ものや西南戦争等々にわたり、ルビをつけて錦絵の絵解きをするというもので、その目新しさに大衆が飛つきました。然し、その速報性の点では段々と小新聞に勝てなくなり、明治14年ごろには急激に衰退し、その地位を小新聞に譲らざるをえなかったものです。之も明治20年と関わりを持つ物の一つだと思います。木版から活版へ移行する過程での一つのあだ花ではなかったでしょうか。

更に、明治期の映像情報メディアとして出された錦絵も資料の一端として扱っております。 『大阪の錦絵新聞』 『西南戦争』の錦絵、更に、帝国憲法発布と帝国議会開設を祝う錦絵は現在弊社のホームページでご案内いたしております。

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明治年間の戦争に於ける画像データについて言えば、西南戦争は完全に錦絵の独壇場で、明治27-28年の日清戦争も極一部(小川一真による写真集等)を除いて大部分が錦絵でした。しかし、明治37-38年の日露戦争に於いてはそれが逆転して、極一部(小林清親の「百戦百笑」等)を除いて、写真も活版印刷の中で処理されるように成りました。

但し、此処に面白い現象が残っております。それは春陽堂が出版した『文藝倶楽部』(明治28年創刊)と言う活版による文藝雑誌です。つまり、其の巻頭にある口絵が総て木版口絵で、大正期にかけて木版から石版に変って行きますが、雑誌本体もそれと共に衰微してゆきました。弊社では、山田奈菜子著『木版口絵総覧』 『口絵名作物語集』『美人画口絵歳時記』の3部作のほかに、現在『武内桂舟作品集:口絵作家 ①』を準備中であり、其の現物作品も二百数十点を在庫として持っております。

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小生は決してラダイト運動賛同者ではありませんが、写真や印刷(特に平版)で見る木版口絵と現物の木版とは、ある種こえられない感じがあることも否定出来ないと思っております。勿論、平版が主流になり始めた時の活版愛好家の意見は尊重したいと思いましたが、時の流れは留まる處を知れない事も現実だと思います。一度流れ出しはじめたら最後、行くところまで行くのが世の常です。

江戸の高度に発達した出版システムは、本屋と顧客の間が直結していて、それぞれの本に対する意識が共有されて生きていた市場の時代であったそうですが、時代の変化や諸々の要因で、明治20年代に活版にとって変られました。そして今、印刷物全体がデジタル出版へ移行しようとしています。其のリーダーがAMAZONであり、デジタル出版の時代になって漸く江戸的出版システムが復活し始めたと、このフォラムの主宰者である鎌田氏が述べられております。つまり、江戸出版システムは自律・分散・協調的なエコシステムであり、本質的にインターネット・パラダイムと親和的であるからだそうです。(詳しくはGoogleで「明治20年問題」でご調査下さい)

しかし、本が大切な物であり、次世代へつなぐ物であった時代には、書き込みが意味を持ち、本自体の置かれた立場は、情報が氾濫し、キューレーターがもてはやされ、其の選択能力を問われている現状が後戻りするとは考えられません。デジタル出版時代になれば、更に加速度的に情報は溢れ出すと思えるのですが。叉、社会的な諸々の営為は形を替えて必ず循環していると思われます。そこで将来はどのような形で記録が残ってゆくのか不安であります。以前は官庁刊行物、特に戦前期の丸秘資料は、其の調査の精密さ故に、一次資料的な意味を持っていました。叉、戦後に於いても研究書的な資料が部外秘で出版されて来ましたが、最近ではそれらの本が古書市場には出てきません。文書がデジタル化されるようになってから、印刷に供されない資料が部内資料としてどれだけ蓄積されているのか判らなくなってしまいました。それほど秘密でないはずの統計書類でも、一般的なものを除いて、細部にわたる各種の統計書を最近では市場で見かけなくなりました。国立国会図書館へでも行けば見られるのでしょうか?

十年前にデジタル技術に詳しい若手研究者より、其の内、研究発表のために出版社は要らなくなるといわれて事がありました。事実、自然科学分野では、専門家による独自の電子雑誌が増え始めているそうですし、新しい世代になれば、電子書籍も自分で出せる環境になるかも知れません。其の時にグーグルのようなサイトが、出現する事もありなのでしょうか?

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