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布哇(ハワイ)貴重資料解説(13) 『布哇労働運動史 上』

2012年09月10日 · コメント(0) · 出版物, 古書

英文書名:History of the Japanese Labor Movement in the Hawaiian Sugarcane Farmland in 1920, Part 1

[布哇労働連盟会編纂部・堤隆/著]

本書は、その内容と歴史においては本シリーズ 布哇編第2冊の『明治四十一-二年布哇邦人活躍史』(一名 大罷工回顧史)と相通じるところがあり、かつ、見解の幾分対立・交錯するものである。その理由の一端は、片や内地出身の日本人で、片や沖縄出身の移住者たちであったからであろう。

当時、「沖縄県人」ということがハンデキャップだった、とは沖縄出身の古老たちの述懐であるし、そうした事実を示す幾つかの事件すら検証することができる。そもそも、『実業之布哇』(同社)は、「沖縄県人は全島に於て一般日本人社会から差別され軽蔑されてゐた。本誌の一つの目的はその不都合の偏見を打破するために発刊されたもの」である(社主の言葉・15頁)。

今回の増給運動は、労働団体の組織化から始まり、1920年を頂点に実力行使時代、実績整理時代と動いた。この間、顧問格で根来博士(主として文書の英訳担当)と現行各新聞社が名を連ねたが、運動の途中で顧問団が総辞職した経緯が記録に残っている。著者の堤は「布哇労働同盟会」の書記役であったが、もともとは『布哇毎日』の記者であった。

序文「著者に寄す」を書いた早川治郎は、先輩で同志である著者を本書編纂の最適任者と断言した。当時まだ根来法学博士も健在で、明晰な論調を『日布時事』英文欄などに草し、耕主組合の後進性(思想)を「約二百年計り時代に後れて居る」と糾弾した(383頁参照)。

本書には、残念ながら、扉・標題紙・目次欄・奥付け等々に曖昧な部分がある。「上」といってみたり、「前編」と云ったり、用法が混乱している。復刻に当たり、第6版を使用したが、初版の出た同じ年の同じ月に、その15日初版以来毎日各版が6版まで発行されたという表記はどうみてもいただけない。

そのうえ、本書の後編予約募集記事が巻末にあり、概目まで掲げたうえで「・・・印刷製本が完成するのは七月中旬(1921年)であります。・・・・予約金を添へて御申込下さい。多少考へる所があるので予約以上は一冊も発行いたしません」。この後編は500頁ほどの出版企画であったが、私の調査した限りでは書誌情報は掴めなかった。多分、陽の目を見なかったのであろう。

歴史写真には後日譚がある。本書巻頭の写真「各島代表者会議」は期せずして『市民 沖縄移民六十周年記念号(1900年-1960年)』の最終頁(但し頁付けナシ)に転載された。この記念号は、「沖縄のコロンブス」こと当山久三を「沖縄移民の父」(The Father of Okinawan Immigrants) と位置づける意図があったようだ。

ところで、この記念号の上記写真説明は「故人」を識別し、最後に「他は姓名不明」と結んでいる。想うに、この転載写真はナマの写真を用い、当時の生き証人が新たに説明を加えたものである。若し、上記本書を見る機会が事前にあったなら、このような不具合は起らなかったはずである。もっとも、写真のオリジナル版を使用したのであれば、厳密には「転載」ではなかったのである。嗚呼。

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【文生書院:復刻版『初期在北米日本人の記録』に収録されています】

ISBN978-4-89253-392-1

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