本郷村だより

文生書院のブログ

本郷村だより header image 2

布哇(ハワイ)貴重資料解説(10) 『布哇邦人野球史』

2012年07月09日 · コメント(0) · 出版物, 古書

英文書名:History of Japanese baseball of Hawaii

〔後藤鎮平/著 野球壱百年祭布哇邦人野球史出版會/編〕

標題紙にある如く野球壱百年記念出版であり、発行所は「野球一百年祭布哇邦人野球史出版会」(オハフ島カネオヘ美以教会内)であった。詳しく云えば、米国野球技誕生百年祭、布哇邦人野球50年祭であった。

同時に皇紀2600年祭の記念出版の意味もあったが、日本の時局は益々戦雲立ち込め、揮毫や序文を日本の名士に依頼する状況ではなかったらしい。それでも、本書刊行の前年、早稲田大学野球部を率いて布哇へ遠征した山本忠興(東京帝国大学卒・早稲田大学野球部長)の寄稿序文ひとつがある。短文にして淡々たる散文の中に教育者・野球人の切なる思いが認められたが、やがて国策の煽りを受けて野球は冬の時代へと突き進んだ。

本書と上の教会との関係は、著作者が同教会の牧師を本職としていたことに尽きる。著者後藤鎮平(岩手県出身・日米高等学院々主・牧師)自身は、中堅手として名があり本書発行直前で試合数151回のレコードを持っていた。当時、ハワイ島ヒロには「日本人野球協会」(傘下5チーム・阿部三次会長)があり、「裏オハフ日本人野球リーグ」(傘下5チーム・岩永勇会長)などがあり、後藤は後者の顧問を兼ねていた。本書のグラビア写真と肖像写真の数々は、正に言葉を語りかけてくるかのような健児や選手の歴史写真である。

野球試合の予告・勝敗は、隈なく地元日本語新聞に競って掲載された。当時、元気印だった邦字紙に、『日布時事』(明治28年創刊・社長兼主筆・相賀安太郎・慶應と早稲田両大学の野球部を布哇に招待・ホノルル市・日刊・英文紙名The Nippu Jiji)、『火山新聞』(支配人田中弥六・ヒロ市・日刊・英文紙名The Kwazan)、『布哇報知』(社長牧野金三郎・主筆寺崎定助・ホノルル市・日刊・英文紙名The Hawaii Hochi)、『布哇新報』(主幹曽川政男・広島県出身野球人・ホノルル市・週刊)、『加哇新報』(主幹藤田卯一・広島県出身野球人・加哇郡リフェ)などがあった。

印刷業の横綱格は株式会社共同印刷所(当山哲夫社長・沖縄県出身・ホノルル市)と云ってよかろうか。後々になって、当山の父親久三は文字通り「沖縄布哇移民の父」として名声を得た。もともと当山久三は、那覇市の泉崎で宮城貞秀と移民斡旋事務所を共同経営していた人物であった。

hawaii10

“この年は野球技誕生百年に当り米本土では百年祭が挙行されている。叉布哇邦人野球五十年にも相当するので本書が編纂されました。著者は舊朝日野球團選手であった後藤鎮平牧師である事は同氏の文筆の過去を識る者の等しく首肯するところであります”(序より)

 

内容目次―

上巻:米国野球百年祭・野球の起原及沿革・野球の黎明期と布哇・邦人選手並に邦人チームの活躍・邦人野球本史・第一回邦人リーグ時代・慶応選手来る・全日本軍の奮起・オアフリーグ初期時代・第二回の日本人野球リーグ・早稲田軍来布す・第五回プナホの猛烈戦・全盛時代・中央野球同盟会・円熟時代・競技時代・戦国時代・各地の野球(布哇島/オアフ島/加哇島/馬哇の野球)

中巻:布哇最古の日本人野球團:ホノルル「朝日」野球團史/母邦球團来征野球史・布哇全島日本人野球對島大会戦史、

下巻:ホノルル日本人シニアー野球リーグ史・オアフ島シニアー野球リーグ史・馬哇島日本人野球史・布哇島日本人野球リーグ史・加哇島日本人野球リーグ史・オアフ日本人ジュニアー野球リーグ史・裏オアフ日本人野球ルーグ史・布哇の野球創生史(英文)・野球選手人名録

 

昭和15年11月  772p.+写真(口絵及人物寫眞録)176p.+序/目次18p.+広告22p.+英文7p.+人名録21p.〕

【文生書院:復刻版『初期在北米日本人の記録』に収録されています】

ISBN4-89253-280-0

タグ :

コメント(0)

コメントはまだありません。

コメントする