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布哇(ハワイ)貴重資料解説(9) 『布哇日本語教育史』

2012年06月20日 · コメント(0) · 出版物, 古書

英文書名:History of the Japanese language education in Hawaii

〔布哇教育會編纂部/編〕

社団法人の「布哇教育会」が、その創立20周年を記念して出版したものである。実際には、木村寅喜(同会常務理事)が編纂し、布哇報知社、木原隆吉(布哇の代表的文人)、浅野孝之(同会常務理事・後に東京の成蹊高等学校長)、寺田安太郎(布哇総領事歴任)らの絶大な協力により完成した。各序文、グラビアの歴史写真、それに本文といい、申し分のないハワイの日本語教育史となっている。

同会は斯界の連合体であったため、域内各地教育会の提出原稿は、巻末の「各地教育会の沿革と事業」と題して掲載されている。有田八郎(1913年総領事代理・後に外務大臣)が序文でも云っているように、ハワイにおける教育問題は最重要課題のひとつで、それだけに現地の教育論争は多岐に渉り混乱を来していたが、 1915年に上記の「布哇教育会」が成立し、一応の落着決定を見た。この歴史の中で忘れてはならない先覚者たちは、奥村多喜衛(高知県出身・同志社卒・牧師)、今村恵猛(御曹子寛猛は二世で慶應義塾に学ぶ)、角田柳作(群馬県出身・早稲田大学に学ぶ)、筧光顕らであった。

時代は既に形式よりも精神的に、量よりも質への過渡期にあったとき、日本語学校は他の教科と共に常に米国市民を教育する方向へ進んでいたのである。それが、実質・事実・現実であった。その領分と使命を自覚しつつ、ハワイ当局の教育令・規定・法律を遵守し米人教育者の諸意見を求めて、日本人社会の中の日本語教育の改革・改造を追い求めている。その経緯は、本書第三章「所謂日本語学校問題」に詳しい。

ここで一言加えておきたい。日本語教育史と日本語学園史(日本人学校史)は、一つであってかつ二つの歴史である。私の調べた限りでは、ハワイに上記はあっても、日本語学園史の纏まった通史は存在しない。一方、カリフォルニア州には数種の日本語学園史があって、日本語教育史の秀作は見当たらない。この相違点については、それなりの深刻な背景と理由があったことをまともに認識する必要がある。

加えて、生活者の日本語教育史と日本語学園史とが、ハワイ大学やカリフォルニア大学の授業課題・研究や調査の対象となっていない。お互いにお互いを学んでいない。情報交換や連携授業等々の事跡がほとんどみられないのである。日本人生活者たちも、人種的に自己中心主義の時代で、メキシコ人や中国人の実状には全く関心がない。マイノリテーとかアジア人という、より広い視野からの、協力し合いつつ事態の改善・改革をして行くという基本概念に欠けていた過去がある。

幸い、ハワイには若き上原征生(熊本県出身・苦学力行型)がおり、終生ハワイ大学における日本語教育を天職とした日本人がいた。1930年代中葉におけるハワイ大学日本語科(東洋学 = Oriental Studies の一部門)は、原田助(アムハスト大学を経てエール大学で学位取得・同志社総長)を筆頭教授として、国友忠夫、そして上原征生(ハワイ大学卒・早稲田大学大学院に学ぶ)の陣容であった。

上原は後年『ハワイの声・日系米人の随想録』(五月書房・1975年刊)を著わし日本でも幾分知られるようになった。彼の「損」をしているところは、名前の読みが難しいことと(「ゆくお」と読む)、英名が Uehara Yukuoでなく Uyehara Yukuoであったこと、それに加えて人生の途中でアメリカに帰化したからかも知れない。国友忠夫 (Kunitomo George Tadao) も日系二世などといわれて来たが、福岡県出身者であり、れっきとした「一世」である。ハワイ大学を休職して早稲田大学大学院に学んでいる間に日本語教育の「国策化」(日本語教育振興会)に巻き込まれ、波乱の人生を送った。教え子仲間を中心として『地の塩:国友忠夫教授の追憶』(同文集刊行会・1970年刊)が出ている。この場合、書名は実に良く内容にマッチしているもの、と思う。非売品。

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“本書は布哇教育会創立20周年記念として、常務理事木村寅喜氏をして編纂せしめた物である。本書は布哇教育会に直接関係ある事項を掲載した”(緒言より)

“日本人の教育問題については、之れ迄随分長い間在留同胞間の論争の中心となっていた..教育会の組織を見るに至らしめたについては奥村多喜衛氏と故今村恵猛氏の効績を忘れてはならない。..布哇教育会の重大な仕事の一つは..日本語教科書を編纂すると言う仕事であった。これは在外日本人教育史上例の無い最初の試みで..角田柳作・筧光顕両君の骨折りも叉尠からざるものが有った”(有田八郎前外務大臣序より抜粋)

主要目次:概説、第一次布哇教育会と其の業績、所謂日本語学校問題、日本語学校撲滅運動、試訴問題と其の経過、現布哇教育会と其の活動、布哇教育会の現状、各島教育会の沿革と事業。

702p.+序/緒言/寫眞/目次38p.

【文生書院:復刻版『初期在北米日本人の記録』に収録されています】

ISBN 4-89253-279-7

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