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布哇(ハワイ)貴重資料解説(1) 『新布哇』

2012年02月22日 · コメント(0) · 出版物, 古書, 復刻版

英文書名:New Hawaii : The Directory of the Japanese-Hawaiian  pt.1-2

附録布哇出身録 〔藤井秀五郎(玄溟)/著 文献社(東京)〕

揮毫四題の次に福本誠(号は日南)の「新布哇叙」があり、文章中で百年後の日本人総人口を試算している。本書が出た明治35年現在で日本の人口は約4400 万。百年後の総人口は約一億人と見積もっていて面白い。この間の日本人の海外進出は如何?

本書は藤井秀五郎(号は玄溟あるいは石童・『ヒロ新聞』主筆・日本の新聞『日本』の特別通信員兼任)の前書の改訂増補版で、初版に関する書誌的明記は本版にないが、カリフォルニア大学バーク レー校図書館の情報によると初版は明治33年に上梓された。

写真は巻頭グラビアと本文中に肖像写真の質の良いものがある。前者の主なものは、布哇全図、日本帝国領事館、西本願寺別院、日本人小学校等々である。本文は総論にはじまり、地理・歴史・教育・宗教・風俗・衛生・移民などと細かく続き、日本人社会の固有情報へと移ってゆく。

第20章(文苑・695頁以下)は、本書出版の目的に照らすと、やや唐突な内容という感じ。ただし、これらの漢文散文や漢詩は「跋」や「あとがき」に代わる内容の体験者記録となった。

附録「布哇日本人出身録」(追加別頁建てを含む)は、職業別(医術家・宗教家・商業家・各業列家)に分類され、その下で人物情報や肖像写真が紹介されているのが特色。広告あり。頁付けに難(不統一)あり。

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著者は1869年生まれ、号を石童と云い、二松学舎や國学院に学んで、1897年ハワイへ渡り 『ヒロ新聞』主筆、昭和年代帰国して『日布時報』を発行した。移住民局の設置で官約移民が10年間で3万人あったのに比べ、其の廃止後、幾多の私立移民会社が設立され6年間で2~3万人も布哇へ移住していた。8島で13万前後の島民しか居なかった所に計約6万人の日本人移民が増えた(自序より)。 其の実情を詳しく本書は記述している。目次の主要部分は以下のとおり。総論,地理,歴史,教育,宗教,衛生,風俗,移民,耕地,耕地の騒擾,土着事業,日本人の団体,日本人の一致運動,商業,物価及賃金,法令,新聞,渡航心得,黒死病(ペスト),文苑等。

698p.+題字/叙/序16p.+目次18p.+地図1葉+写真24p.+広告6p. 在布哇日本人出身録 医術家[写真3p.+本文21p.] 宗教家[写真1p.+本文10p] 商業家[写真9p.+本文62p.] 広告16p. 各業列家[写真21p.+本文85p.+16p.+広告22p.]

【文生書院:復刻版『初期在北米日本人の記録』に収録されています】

ISBN 4-89253-225-8

http://www.bunsei.co.jp/ja/2009-10-22-09-06-12/426-hokupeimitumori.html

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